2006年04月10日

■ちかん裁判、民事刑事で逆判断!■

 「平成十一年にJR中央線の電車内で女性に携帯電話の通話を注意したところ、痴漢だと言われ不当に逮捕されたなどとして、東京都国立市の男性が国と都、被害を申告した女性に慰謝料など約千百万円を求めた訴訟の判決が十日、東京地裁八王子支部であった。松丸伸一郎裁判長は『痴漢行為があった』と認定、請求をいずれも棄却した。

 男性は都迷惑防止条例違反の現行犯で逮捕された後、不起訴処分(嫌疑不十分)となっていたが、民事訴訟では逆の結論となった。判決を不服として控訴する。」(産経新聞四月十日、なお実名はブログ作成者が削除)。

 検察官は手持ちの証拠だけでは犯罪事実を認定するだけの嫌疑が不十分だと判断した。つまり、警察が総力を挙げて証拠を集めたにもかかわらず、検察官は「この証拠では嫌疑が不十分起訴しても無罪判決が下される。よって不起訴。」と、判断したものである。

 ところが民事訴訟はもともと私人間の利害の争いを解決する訴訟である。訴訟前には当事者は自由に交渉し自由に契約をしていた。そこで、その結果争いが生じ場合にも訴訟の場で原告被告の自由な活動をかなり認めた。そして、だからこそ、不利な判決を受けてもそれは敗訴者の「自己責任」として正当化される。これが現在の民事訴訟法学の通説である。

 すると、民事訴訟は、要するに訴訟前でも訴訟になっても、争いの当事者の自由を最大限認める、ということは当事者の「かけひき」を十分に認めるってことだ。また訴訟の進め方が下手で敗訴判決を受ければ、これは敗訴者の自己責任として正当化される。事実が本当にあったかどうか正しく認定するよりも、敗訴者の自己責任を正当化するだけの自由が当事者に与えられていたことの方が重要である。

 だったら、民事訴訟の判決よりも検察官の判断の方が信用できると思う。そして将来は刑事訴訟のなかで賠償請求が出来るような制度を作るべきである。賠償請求の理由となる犯罪の有無の認定当事者の「かけひき」や訴訟のやり方の良し悪しによって影響を受けてはならないからだ。
posted by ZT at 22:57| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/16402222

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。