2006年01月11日

ブログを規制?。新生児誘拐事件から。

 1月11日東京新聞朝刊(こちら特報部)にブログの規制問題が載っている。仙台の新生児連れ去り事件については途中から報道協定が結ばれ事件についての報道がほとんどなされなくなった。

 にもかかわらず、もしあるブログが「これって誘拐事件じゃないの。だったら多額の身代金が要求されているはず。警察がんばって!。現在の逆探知の技術は云々」と書いたとする(もちろん実際はこんなブログはなかったが仮定の話である)。すると、これを知った犯人は「警察へ知らせるとは約束違反だ」とか「完璧な逆探知がされている。逃げられない。」と思い自暴自棄になり被害者に危害を加える、ということも起こる可能性がある。したがってこのようなブログは規制したほうがよいのか、と言う問題である。
 
 もともと報道協定は’60年5月の誘拐事件で犯人の要求や捜査の状況が逐一報道され、そのため犯人は追いつめられ被害者を殺してしまったが、このことに対する報道各社の反省を踏まえて出来たものである。とすると、このような報道協定破りのブログにより被害者の生命が奪われる危険がある。

 そこで「ネット上の表現の自由を拘束することには簡単には賛成できない」としながらも「営利目的の誘拐事件に限っては被害者の安全が確保されるまでの一定期間プロバイダーに対し自主規制を求めることも必要である」という意見もある。
 しかし自主規制を求めるにしても、どのような自主規制を求めるのかが問題である。例えば事件の当初は検索サイトで検索できたのに、途中から検索サイトで一切検索できなくなってしまうと、報道協定が結ばれたことが犯人にわかってしまう。

 他方「ネット情報は無責任な情報が多い。したがって、このようなネット情報と報道との違いを情報の受け手に識別させることが必要で、規制の必要はない」という意見もある。要するに「ブログの記事には報道記事と違い、根拠のないものも多い。このことを読み手に分からせれば、ブログの記事に読み手が振り回されることはない。ゆえにブログを規制する必要はない。」ということだろう。
 しかし犯罪を実行中の犯人にこのような冷静な判断ができるのだろうか。自分の犯行について載っているブログをみると過度に興奮して危害に及ぶ危険もあるのではないか。

 いずれにせよこの問題はブログによる表現の自由を保障しながら被害者の生命の保護をはかる、という難しい問題である。大学教授 ジャーナリスト、弁護士と言う識者の間でも意見が分かれている。いずれにせよ、規制以前に一人一人のブロガーの倫理観が大切であろう。
 
posted by ZT at 23:32| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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